During travel 2/7
2014年 10月 18日
ブリテインの沼地を避けて、砂漠地帯に足を踏み入れた一行は灼熱の太陽と吹き荒れる砂嵐に閉口し始めていた。
「誰だよ、こんなとこ通ろうって言ったのはよ」
鎧を全て脱ぎ全裸になろうとしたところをアシルに止められ、しかたなく深紅のマントを下半身に巻き歩いているヴァルラスは先ほどから不平不満のオンパレード。
「アシル、フォンドール家の深紅のマントって言えば羨望の眼差しを受ける物なんだぞ。フォンドール家に忠誠を誓い、その信義を認められた者だけがつけることの許された物だってのに、それが俺の下半身に巻かれるなんてな……」
「いいじゃないですか。いつかのためにしまったままより、必要に応じて使うべき時に使う。いくら忠誠を認められても全裸で歩いてるのを知られた途端、そのマントは没収だと思いますけどね」
汗だくのヴァルラスに比べてアシルはほとんど汗をかいておらず、ずっと同じ足取りで砂漠を歩いていく。
少し残っていた水をナイトメアのトワイスに全て飲ませ、ヴァルラスの怒りを買ってしまっても全く動じない。
「ヴァルラスさんなら二、三日飲まなくても生きていけますよ」
汗だくでへとへとになりながら歩いているヴァルラスを見てもにこっと笑いながらそう言えるアシルは、意外と怖い人物なのかもしれない。
「自分の汗でも舐めてしのげというのかよ!」
ヴァルラスは怒りにまかせて叫ぶが、アシルは自分が悪いとは思いもせずトワイスに話しかける。
「ヴァルラスさんの怒りっぽいのはどうにかならないものかな」
「怒らせるようなことをしてるのは全部お前だろ!」
ヴァルラスの心の叫びはアシルに少しも届かず、そんなやり取りを見たトワイスは人間ならばきっとため息をつきたいところだっただろう。
「どうした? トワイス」
いつもアシルに合わせた歩幅で歩いていたトワイスが急に止まった。
へとへとだと言っても常にアシルの前を歩いていたヴァルラスも、その声でトワイスのほうを振り返る。
トワイスは耳をひくひくさせて周りの様子をうかがったかと思うと急に嘶き、二人を置いて遠くに岩山が見える方向に駆けていった。
「トワイス!」
アシルが呼んでも止まらずに砂を巻き上げながら駆けていく。
「この暑さであの馬、頭おかしくなったんじゃねーのか」
追いかける気力もないヴァルラスは深紅のマントであった、今では下半身に巻かれた布で汗を拭きながら気にしちゃいられないという様に言う。
そもそも旅の最初からヴァルラスはトワイスのことが気に入らなかった。
アシルは必ず自分よりもトワイスのことを気にかける。
食べ物は必ずトワイスが先、水もトワイスが優先、ヴァルラスには疲れたか? の一言もなし。
馬ごときに嫉妬かと言われると決してそんな気持ちではない……とは言い切れないところがさらに自分の気持ちの置き所を困らせる。
「トワイスは馬ではない。高貴な黒獣ナイトメアだぞ」
トワイスをただの馬呼ばわりされて、アシルもさすがに気を悪くしたようだ。
ヴァルラスを少し睨みつけ、気持ちを抑えるように静かな声で話す。
「トワイスは素晴らしく賢いんだ。何の理由もなく僕を置いていったりしない」
トワイスが駆けていった方向を見るが、もう姿は見えずゆらゆらと蜃気楼が見えるだけ。
「きっとあの方向に何かがあるんだ。トワイスの気を引くような何かが」
そう言うとアシルはトワイスが駆けていった方向へ走り出す。
「お、おい。待てよ!」
ヴァルラスも慌ててアシルの後を追いかけようとするが、ただの布を巻いただけの状態では上手く走れない。
「ちくしょう、めんどくせえ」
巻いた深紅の布を両手でたくし上げ、バタバタとアシルを追いかける様子は変質者が青年を襲おうとしているかのようであった。
トワイスを追いかけようにも砂があっという間に蹄の跡を消してしまい見えなくなっていた。
真っ直ぐにトワイスが駆けて行った方向に走っていたアシルは立ち止まり耳を澄ませた。
目をつぶり耳に手をあて、視力以外のものでトワイスの行方を探るように。
砂が舞う風の音の間に微かに聞こえるトワイスの嘶き。
ほんの僅かな音を頼りにアシルは走った。
近づくにつれ何かを蹴る音や魔法を繰り出す音が聞こえてくる。
――何かと戦っているのか?
砂に足を取られながら走って行き、やっと追いついたときには多くのサソリとサンドボルテックスに囲まれたトワイスの姿があった。
「トワイス!」
毒にやられ危険な状態まで来ていたが、アシルの解毒の魔法と獣医学による治療ですぐに回復したトワイスは、アシルのリュートの手助けもあって大人しくさせたサソリどもをゆっくりと片付けていく。
周りを見渡す余裕ができたアシルはたどり着いた場所が砂漠の中のオアシス、慈悲のアンクのある場所だと気付いた。
全てを倒したトワイスを泉の近くまで連れて行き休憩をさせ、アシルは今では穏やかになった周辺を注意深く観察した。
砂漠にサソリやサンドボルテックスがいることは普通のことであり、そのためにトワイスが走ったとは思えない。
泉に気づいて走ったとも考えられるが、トワイスが水を飲みたいだけで自分勝手に動くだろうか。
いくつか考えてみるがどれも長年トワイスと過ごしてきたアシルにとって納得できる理由ではなかった。
「何か他の理由があるはずなんだが」
トワイスは特に水に飢えている様子もなく、泉の周りにある木陰で涼んでいる。
サソリやサンドボルテックスの死骸の山に近づき何か異変はないか見ていると、重なり合った死骸の隙間から薄桃色のものが見えた。
死骸を掻き分けようやくそれがスカートだとわかったとき、アシルの後ろのほうにあるアンク辺りから音にならない気配のようなものを感じた。
アシルが振り向くとそこには灰色のローブを来た女性が瀕死の状態で立っていたのだ。
アシルは回復の魔法を唱え、彼女の意識がしっかりするまで少し離れたところから見守った。
彼女が回復したとき、急に見知らぬ男が近くにいてはびっくりするだろう。
こんな時にも女性への心配りを忘れない、アシルはそんな男である。
ようやく意識がしっかりした彼女は一目散に衣服を拾い、木陰で用意を整えていた。
トワイスのすぐ近くだというのに気づく素振りもない。
気づいてよ、と普段より鼻息を強くしたトワイスにやっと目がいったのは、先ほどまで瀕死だったとは思えないほど身なりをしっかりと整えた後だった。
「大丈夫ですか?」
恐々とトワイスの背中を撫でていた彼女は急に聞こえた言葉にびっくりして振り返った。
遠くから少しずつ近づいてくるアシルを見つけると一瞬強張ったが、両手を見せながら笑顔でゆっくりと近づいてくるのを見て危険とまでは感じなかったようだ。
彼女はそのまま近づいてくるのを見つめていた。
「ええ、なんとか。この子ナイトメアかしら? 遠くから走ってきたときはびっくりしたわ」
「僕もびっくりしました。トワイスが急に駆けていくものですから。でもごめんなさい、間に合わなかったようですね」
トワイスを撫でていた手を止め、彼女は言った。
「いえ、助けに来てくれてうれしかったわ。祈りに夢中になっていたみたいね。気づいたらサソリとサンドボルテックスに囲まれていたわ」
「ご自宅は近くですか? 良ければご自宅までお送りします」
彼女を一人で帰らせるのは危険と感じたアシルがそのようなことを言うのはもっとも。
常に女性のためになることを考える、アシルはそんな男である。
「ええ、あなたがよろしければそうしていただけると助かるわ。私はセレスティア。あなたの名前は?」
「僕はアシル。そしてナイトメアのトワイスです。あ、そうだ実はもう一人いるんだ」
ここに来てようやくアシルはヴァルラスのことを思い出した。
トワイスが耳を動かし、遠くを見つめるような素振りをする。
アシルとセレスティアが同じようにトワイスが顔を向けた方向を見ると、遠くから砂埃を上げ走ってくる上半身裸の男がいた。
「きゃああああっ」
セレスティアがそれを見て逃げようとしたのも無理はない。
下半身に巻いた布をたくし上げ必死の形相で走ってくるヴァルラスは、どうみても危険人物以外の何者でもない。
この後ヴァルラスの元へ走り、遠くで身なりを整えてからこちらに近づいてくるように言い、走って逃げようとしたセレスティアを必死で引きとめ、ヴァルラスについて説明するアシルを誰もが同情するだろう。
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昔参加していたUltima Online 三題噺(UO三題噺)。
インビジ企画(2007年10月20日締切)のものは
こちらに掲載したことがなかったと思うので今頃掲載。
インビジ企画とは
締め切り後の作品公開時に著者を書かずにおいて、他の参加している作家や読者に
「この作品は、多分あの人が書いたものだろう」と、予想してもらう楽しみを入れてみた企画です。
UO三題噺 第五回目:「岬」「ミスタス」「雪化粧」 (インビジ作家企画 2007/10/20 〆切り)
■During travel 1/7
■During travel 2/7
■During travel 3/7
■During travel 4/7
■During travel 5/7
■During travel 6/7
■During travel 7/7
「誰だよ、こんなとこ通ろうって言ったのはよ」
鎧を全て脱ぎ全裸になろうとしたところをアシルに止められ、しかたなく深紅のマントを下半身に巻き歩いているヴァルラスは先ほどから不平不満のオンパレード。
「アシル、フォンドール家の深紅のマントって言えば羨望の眼差しを受ける物なんだぞ。フォンドール家に忠誠を誓い、その信義を認められた者だけがつけることの許された物だってのに、それが俺の下半身に巻かれるなんてな……」
「いいじゃないですか。いつかのためにしまったままより、必要に応じて使うべき時に使う。いくら忠誠を認められても全裸で歩いてるのを知られた途端、そのマントは没収だと思いますけどね」
汗だくのヴァルラスに比べてアシルはほとんど汗をかいておらず、ずっと同じ足取りで砂漠を歩いていく。
少し残っていた水をナイトメアのトワイスに全て飲ませ、ヴァルラスの怒りを買ってしまっても全く動じない。
「ヴァルラスさんなら二、三日飲まなくても生きていけますよ」
汗だくでへとへとになりながら歩いているヴァルラスを見てもにこっと笑いながらそう言えるアシルは、意外と怖い人物なのかもしれない。
「自分の汗でも舐めてしのげというのかよ!」
ヴァルラスは怒りにまかせて叫ぶが、アシルは自分が悪いとは思いもせずトワイスに話しかける。
「ヴァルラスさんの怒りっぽいのはどうにかならないものかな」
「怒らせるようなことをしてるのは全部お前だろ!」
ヴァルラスの心の叫びはアシルに少しも届かず、そんなやり取りを見たトワイスは人間ならばきっとため息をつきたいところだっただろう。
「どうした? トワイス」
いつもアシルに合わせた歩幅で歩いていたトワイスが急に止まった。
へとへとだと言っても常にアシルの前を歩いていたヴァルラスも、その声でトワイスのほうを振り返る。
トワイスは耳をひくひくさせて周りの様子をうかがったかと思うと急に嘶き、二人を置いて遠くに岩山が見える方向に駆けていった。
「トワイス!」
アシルが呼んでも止まらずに砂を巻き上げながら駆けていく。
「この暑さであの馬、頭おかしくなったんじゃねーのか」
追いかける気力もないヴァルラスは深紅のマントであった、今では下半身に巻かれた布で汗を拭きながら気にしちゃいられないという様に言う。
そもそも旅の最初からヴァルラスはトワイスのことが気に入らなかった。
アシルは必ず自分よりもトワイスのことを気にかける。
食べ物は必ずトワイスが先、水もトワイスが優先、ヴァルラスには疲れたか? の一言もなし。
馬ごときに嫉妬かと言われると決してそんな気持ちではない……とは言い切れないところがさらに自分の気持ちの置き所を困らせる。
「トワイスは馬ではない。高貴な黒獣ナイトメアだぞ」
トワイスをただの馬呼ばわりされて、アシルもさすがに気を悪くしたようだ。
ヴァルラスを少し睨みつけ、気持ちを抑えるように静かな声で話す。
「トワイスは素晴らしく賢いんだ。何の理由もなく僕を置いていったりしない」
トワイスが駆けていった方向を見るが、もう姿は見えずゆらゆらと蜃気楼が見えるだけ。
「きっとあの方向に何かがあるんだ。トワイスの気を引くような何かが」
そう言うとアシルはトワイスが駆けていった方向へ走り出す。
「お、おい。待てよ!」
ヴァルラスも慌ててアシルの後を追いかけようとするが、ただの布を巻いただけの状態では上手く走れない。
「ちくしょう、めんどくせえ」
巻いた深紅の布を両手でたくし上げ、バタバタとアシルを追いかける様子は変質者が青年を襲おうとしているかのようであった。
トワイスを追いかけようにも砂があっという間に蹄の跡を消してしまい見えなくなっていた。
真っ直ぐにトワイスが駆けて行った方向に走っていたアシルは立ち止まり耳を澄ませた。
目をつぶり耳に手をあて、視力以外のものでトワイスの行方を探るように。
砂が舞う風の音の間に微かに聞こえるトワイスの嘶き。
ほんの僅かな音を頼りにアシルは走った。
近づくにつれ何かを蹴る音や魔法を繰り出す音が聞こえてくる。
――何かと戦っているのか?
砂に足を取られながら走って行き、やっと追いついたときには多くのサソリとサンドボルテックスに囲まれたトワイスの姿があった。
「トワイス!」
毒にやられ危険な状態まで来ていたが、アシルの解毒の魔法と獣医学による治療ですぐに回復したトワイスは、アシルのリュートの手助けもあって大人しくさせたサソリどもをゆっくりと片付けていく。
周りを見渡す余裕ができたアシルはたどり着いた場所が砂漠の中のオアシス、慈悲のアンクのある場所だと気付いた。
全てを倒したトワイスを泉の近くまで連れて行き休憩をさせ、アシルは今では穏やかになった周辺を注意深く観察した。
砂漠にサソリやサンドボルテックスがいることは普通のことであり、そのためにトワイスが走ったとは思えない。
泉に気づいて走ったとも考えられるが、トワイスが水を飲みたいだけで自分勝手に動くだろうか。
いくつか考えてみるがどれも長年トワイスと過ごしてきたアシルにとって納得できる理由ではなかった。
「何か他の理由があるはずなんだが」
トワイスは特に水に飢えている様子もなく、泉の周りにある木陰で涼んでいる。
サソリやサンドボルテックスの死骸の山に近づき何か異変はないか見ていると、重なり合った死骸の隙間から薄桃色のものが見えた。
死骸を掻き分けようやくそれがスカートだとわかったとき、アシルの後ろのほうにあるアンク辺りから音にならない気配のようなものを感じた。
アシルが振り向くとそこには灰色のローブを来た女性が瀕死の状態で立っていたのだ。
アシルは回復の魔法を唱え、彼女の意識がしっかりするまで少し離れたところから見守った。
彼女が回復したとき、急に見知らぬ男が近くにいてはびっくりするだろう。
こんな時にも女性への心配りを忘れない、アシルはそんな男である。
ようやく意識がしっかりした彼女は一目散に衣服を拾い、木陰で用意を整えていた。
トワイスのすぐ近くだというのに気づく素振りもない。
気づいてよ、と普段より鼻息を強くしたトワイスにやっと目がいったのは、先ほどまで瀕死だったとは思えないほど身なりをしっかりと整えた後だった。
「大丈夫ですか?」
恐々とトワイスの背中を撫でていた彼女は急に聞こえた言葉にびっくりして振り返った。
遠くから少しずつ近づいてくるアシルを見つけると一瞬強張ったが、両手を見せながら笑顔でゆっくりと近づいてくるのを見て危険とまでは感じなかったようだ。
彼女はそのまま近づいてくるのを見つめていた。
「ええ、なんとか。この子ナイトメアかしら? 遠くから走ってきたときはびっくりしたわ」
「僕もびっくりしました。トワイスが急に駆けていくものですから。でもごめんなさい、間に合わなかったようですね」
トワイスを撫でていた手を止め、彼女は言った。
「いえ、助けに来てくれてうれしかったわ。祈りに夢中になっていたみたいね。気づいたらサソリとサンドボルテックスに囲まれていたわ」
「ご自宅は近くですか? 良ければご自宅までお送りします」
彼女を一人で帰らせるのは危険と感じたアシルがそのようなことを言うのはもっとも。
常に女性のためになることを考える、アシルはそんな男である。
「ええ、あなたがよろしければそうしていただけると助かるわ。私はセレスティア。あなたの名前は?」
「僕はアシル。そしてナイトメアのトワイスです。あ、そうだ実はもう一人いるんだ」
ここに来てようやくアシルはヴァルラスのことを思い出した。
トワイスが耳を動かし、遠くを見つめるような素振りをする。
アシルとセレスティアが同じようにトワイスが顔を向けた方向を見ると、遠くから砂埃を上げ走ってくる上半身裸の男がいた。
「きゃああああっ」
セレスティアがそれを見て逃げようとしたのも無理はない。
下半身に巻いた布をたくし上げ必死の形相で走ってくるヴァルラスは、どうみても危険人物以外の何者でもない。
この後ヴァルラスの元へ走り、遠くで身なりを整えてからこちらに近づいてくるように言い、走って逃げようとしたセレスティアを必死で引きとめ、ヴァルラスについて説明するアシルを誰もが同情するだろう。
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昔参加していたUltima Online 三題噺(UO三題噺)。
インビジ企画(2007年10月20日締切)のものは
こちらに掲載したことがなかったと思うので今頃掲載。
インビジ企画とは
締め切り後の作品公開時に著者を書かずにおいて、他の参加している作家や読者に
「この作品は、多分あの人が書いたものだろう」と、予想してもらう楽しみを入れてみた企画です。
UO三題噺 第五回目:「岬」「ミスタス」「雪化粧」 (インビジ作家企画 2007/10/20 〆切り)
■During travel 1/7
■During travel 2/7
■During travel 3/7
■During travel 4/7
■During travel 5/7
■During travel 6/7
■During travel 7/7
by Kirill_Books
| 2014-10-18 14:12
| 綴られたモノ
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